デイリサーチ
『今でも覚えている恩師の言葉はありますか? のコメント
- ◯さん (まったくない)
- desu
- bokbokさん 男性 74歳 (まったくない)
- です。
- A倍は国賊やろ?さん (たくさんある)
- 昭和43年(1968年)、奈良県の大和郡山幼稚園の園児だった時、新任の松本しぇんしぇいがオルガンで弾き語りしてくれた「いずみ君に贈る菊の花の歌」。列車事故で亡くなった同級生をみんなで送りました。「♪ひとつ・ふたつ・みっつうよっつ・いつつ、咲いた咲いた菊の花。赤・白・黄色、いずみ君にあ〜げ〜よ〜う♪」。55年経った今でも、心に沁み込んでいます。松本しゃんしぇい、どうしてるかなあ??
- ◯さん (少しある)
- 学校の先生ではそう思える人に出会わなかったが、古武道の師匠の言葉は胸に刻み、そうありたいと思っている
- ◯さん 男性 57歳 (少しある)
- 「物事の本質を見極めろ」 高校3年の最後の英語の授業で先生が卒業の餞に言われたその言葉が今までの人生に大いに役立った。
- ◯さん (少しある)
- 「〜であるからして、」というのが口癖だった。ん?そういうんじゃない?
- ◯さん 男性 63歳 (まったくない)
- 有りません
- 敬天愛人2号さん (少しある)
- 強いて思い出すと、幾つか想い出すねええ。小学生の時の「喧嘩両成敗は本当は間違いだ。その時々の真実を基に判断するのが大切。江戸時代の権力者の狡い世の中統制法」とか、とか。
- ◯さん (少しある)
- 悲しい質問(´・ω・`)コメント欄の人達は仲間がいて立派な暮らしをして恩師と呼べる方がいたんだと思う。こっちはコロナで育ててくれた家族が亡くなって公的な人にも酷いことをされて死にたいのに。
- ◯さん 女性 (少しある)
- 中学校の先生の言葉 大事にしています。